「独居老人」と「一人っ子」

2003年夏、パリで1万人以上の高齢者が熱波で孤独に死んだ。その翌年、「パリ・ソリデール」が生まれた。独居老人の空き部屋に若者が入居することで孤立死をなくそう、という試みだ。

それが日本に渡ってきた。京都府が2016年度にスタートさせた「京都ソリデール」。低廉な家賃で住まいを求める若者と、空き部屋を抱えた高齢者をマッチングし、交流を図る「次世代下宿」だ。

仕組みはシンプルだ。シニアのオーナーは委託業者と賃貸契約、学生側は転賃借契約を結ぶ。業者がヒアリングからマッチング、アフターフォローまでを担う。実際に入居した学生の声が面白い。「高齢者のイメージと全然違った。厳しいルールもなく、ラクな感じ」。高齢者側は「孫と暮らしているみたい」。

効果は経済的なものだけではない。高齢者には話し相手ができ、生きがいが生まれる。学生には想定外のケアと学びがあった。お互いが恩恵を受けていた、というのが調査からわかったことだ。


かつてのルームメイト。ドイツ人だった彼女は、ベルリンのシェアハウスに10年以上住んでいた。赤ちゃんから老人まで10人ほどが同じ屋根の下にいた。学生だった人が就職し、結婚しても、そこを離れなかった。

「なぜ出ていかないの」と聞いたら、「なぜ出ていくの」と逆に聞かれた。

日本で「シェア」というと、まだ若者向けのものというイメージが強い。だがドイツや北欧では、世代をまたいだ共同居住が普通に続いている場所がある。赤の他人と暮らすことへの抵抗が薄く、むしろ孤独でいることの方が不思議だというような空気がある。


大学のない地方。学生がいなければ、この仕組みは成り立たないのか。

そうでもない。

今、地方には「関係人口」という概念がある。移住まではしないが、その地域と継続的に関わる人たちのこと。週末だけ地方に来るビジネスパーソン、ワーケーション中のリモートワーカー、農業体験に来る都市住民。こうした人たちと、地域の高齢者をつなぐ仕組みとして「ソリデール型」は機能できないだろうか。

週1泊でもいい。月に数日でもいい。空き部屋に人が入り、食卓に声が増えるだけで何かが変わる。


一人っ子と独居老人には、ある種の親和性がある。

一人で生きることに慣れていて、人との距離感を計るのがうまい。過干渉でもなく、冷淡でもない、「ちょうどいい距離」を本能的に知っている。ドイツのシェアハウスが長く続いたのも、そういう感覚が共有されていたからかもしれない。

日本でも、少子化と高齢化が交差する今こそ、この二つの「孤独に慣れた者たち」が、ゆるやかにつながる住まい方を考え直す時期に来ているのではないかと思う。

「三方良し」なんて大袈裟な言葉はいらない。ただ、誰かが家にいる。それだけで変わることが、たくさんある。


「ソリデール」はフランス語で「連帯」の意。

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