誰のためのー持続可能な観光

2019年の国交省レポートを読んで考えたこと


国土交通政策研究所が発表した調査研究レポート「持続可能な観光政策のあり方に関する調査研究Ⅱ」(第150号、2019年)を読んだ。京都、由布院、コペンハーゲン、ベルリン……世界中の観光地が今どんな問題を抱えているか、46の国内自治体へのアンケートや現地調査をもとにまとめた、なかなかの力作だ。

読みながら、ずっと頭から離れない問いがあった。「持続可能な観光」って、結局、誰のための観光なんだろう?


ゴミ、騒音、交通渋滞

アンケート結果を見ると、自治体が困っていることの上位は「トイレの不適切な利用」「ゴミ投棄」「交通渋滞」「緊急時の安全確保」といった、どこかで聞いたような話ばかりだ。観光客が増えれば当然起きる摩擦であって、特段驚きはない。

でもこれらの問題の構造はシンプルではない。

たとえばゴミ投棄。観光客が悪いのか、地元の受け皿の問題なのか。マナーの問題として片付けるのは簡単だが、そこには「誰が何を管理するのか」という責任の所在の曖昧さがある。レポートでも「マナー啓発のポスター配布」が「施策として実施中」の回答に多く並んでいたが、正直これで解決するとは思えない。


住民の受容意識

「住民の参加と受容意識の醸成」という視点が繰り返し登場する。観光客が増えることを地域住民がどう受け止めるか、その「許容度」が持続可能性の鍵だという。

これは正しい。でも、正しいからこそ難しい。

「受容意識を高める」というのは、突き詰めると「住民に我慢してもらう」ことと表裏一体になりかねない。たとえば観光バスで混雑するバス停、週末ごとに列をなす観光客で歩きにくくなった路地、地価が上がって若者が住めなくなった町。これらを「観光の恩恵だから仕方ない」と住民が受け入れるべきなのか、それとも観光の形そのものを変えるべきなのか。

コペンハーゲンの事例が印象的だった。「観光客と市民が共に使える施設の整備」という考え方、つまり観光客のためだけでなく地元の人にとっても便利な場所をつくることで、双方の摩擦を減らすというアプローチ。これは「受容を求める」のではなく「共存できる環境をデザインする」という発想の転換で、かなりヒントになると思う。


「分散化」は魔法の言葉ではない

混雑対策として「観光客の分散化」が各所で繰り返し登場する。特定のスポットへの集中を避け、より広いエリアに観光客を誘導しようという発想だ。

わからなくはない。でも少し疑問が湧く。

分散化というのは、要するに「今まで観光客が来ていなかった場所にも来させる」ということでもある。新たに観光地として開発される地域の住民は、最初からその「摩擦」を受け入れる準備ができているのだろうか。分散化によって恩恵を受けるのは誰で、コストを負うのは誰なのか、そこまで丁寧に議論されているケースは多くない気がする。

「観光地の混雑を解消する」のと「観光の影響を広く薄く広げる」のは、全体の問題量を減らすわけではない。


数値化できないものを、どう守るか

「キャリング・キャパシティー(受け入れ可能な観光客数の上限)」の議論。駐車場の台数や施設のキャパシティから数値的に上限を設定する方法と、「地域が目指す望ましい観光地の姿」から逆算して総合的に考える方法、どちらも一長一短あるとされている。

観光地の「雰囲気」や「静けさ」、地元の人の「普通の暮らし」は、駐車場の台数では測れない。たとえば京都の路地裏を歩いたときに感じる、ふとした静寂。それは観光資源であると同時に、そこに住む人たちの日常でもある。その価値を守るには、数値的な上限よりも「どういう観光地でありたいか」というビジョンの方が先にくるべきだ。


オーバーツーリズムは「成功の失敗」

オーバーツーリズム、たくさんの人が来るように努力してきた結果、たくさんの人が来すぎて困っている。

これは笑えない皮肉だけど、ここに持続可能な観光の本質的な問いが隠れていると思う。

「より多くの観光客を」という量の追求から、「どんな観光地でありたいか」という質の追求へ。言葉にすれば簡単だが、観光業で飯を食っている人たち、行政の評価指標、地域経済の実態——そういったものが全部「量」の方向を向いているなかで、「質」へと舵を切るのはどれほど難しいか。


「持続可能」誰が持続するのか

環境も、文化も、地域経済も、全部守りながら観光を続けましょう、という理念は正しい。

でも「持続」させたいのは何か、をもっと明示的に問い続けることが必要だと思う。観光産業の持続なのか、地域の暮らしの持続なのか、自然環境の持続なのか。それらは重なる部分もあるが、本当に大事なものが何かによって、打つ手はまったく変わってくる。

このレポートは2019年時点のデータをもとにしているが、その後コロナ禍によって観光業は壊滅的な打撃を受け、そして今また訪日外国人が急増している。「持続可能な観光」という問いは、より切実になっている。


参照:国土交通政策研究所「持続可能な観光政策のあり方に関する調査研究Ⅱ」国土交通政策研究 第150号(2019年7月)

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