28歳でFIREして東京へ
郭宇(グオ・ユー)さんという人を知ったとき、正直しばらくぼーっとしてしまいました。
「この人、何者なんだろう」と。
何をした人なのか
1991年生まれ。中国・江西省の農村出身。中学生のときに深センへ移り、広州の暨南大学で行政学を専攻しながら独学でプログラミングを覚えました。在学中にアリペイ(アリババ傘下のキャッシュレス決済)でインターンを始め、初期の決済システム開発に携わります。
卒業後は北京・中関村でスタートアップを起業。その会社がわずか1年でバイトダンス(TikTokを運営する中国最大のユニコーン企業)に買収され、そのまま6年間エンジニアとして働きました。
そして2020年2月、28歳のときに「退休します(引退します)」と中国のSNSに投稿します。
この投稿が、中国全土で大爆発しました。知乎(中国版Q&Aサービス)での閲覧数は1000万を超え、無名だった彼が一夜にして中国のインターネット上の有名人になりました。
なぜそこまで話題になったか。当時の中国IT業界は「996」(朝9時から夜9時まで、週6日勤務)が当然とされていました。みんなが疲弊しながら働いているその時代に、同世代の普通の家庭出身の若者が、完全に自力で財を成して、28歳で「もう働かなくていい」状態になったのです。しかも移住先は日本。「なぜ?」と思わずにいられない話でした。
彼のどこが面白いのか
郭宇さんの面白さは、「お金持ちになった話」ではありません。
お金を持ったあとの生き方が、とにかく自由なのです。
来日後、東京都心に2棟の住居を購入し、長野・安曇野と沖縄・宮古島には季節ごとに移り住む別荘を借りています。愛車は3000万円のマイバッハ。列車の旅は豪華列車「四季島」で。タヒチのプライベートアイランドで年末年始の2週間を過ごしたこともあります(費用1200万円)。
書くと「成金っぽい」ですが、本人の発信を読むと全然そういう感じがしません。
長野・安曇野に半年住んでいたときのエッセイに、こんな一節があります。
「北アルプスと長峰山脈の間に広がる稲田。春耕のあと水が張られ、雪解け水が田んぼを満たす。稲の苗がまだ出てくる前は池のようになっていて、通りかかると雪山の影が映っている。日本語でこれを『水鏡』と呼ぶのだと知った」
これを読んで、この人はただ安曇野に「来た」のではなく、安曇野に「住んだ」のだとわかりました。田んぼのそばに暮らして、季節の変わり目を体で感じて、日本語の語感の中に美しさを見つけている。それが文章ににじみ出ています。
「退休」が終着点じゃなかった
面白いのは、「引退した」と言いながら、まったく引退していないことです。
来日後にWeb3.0関連の会社を立ち上げ、最近はAIに軸足を移して現在11人の社員を抱えています。Xで社員を募集したところ、主に中国から1000通以上の応募があったといいます。
スキーを始めたら「マニュアル車の免許も取りたい」となってジムニーとポルシェを買い、宮古島に行ったら「船の免許も取りたい」となって小型船舶の免許を取る。高尔夫(ゴルフ)、单板滑雪(スノーボード)、深潜(ダイビング)と、次々と新しいことを始めています。
「ひとつのスキルを開くと、次のスキルへの扉が見える。ゲームみたいで終わりが見えない」
そう書いている彼を見ていると、「引退」というより「ようやく自分のペースで生きられるようになった」という感じがします。
国境が、はじめからない
郭宇さんを面白いと思う一番の理由は、彼の生き方に「どこかに属する」という発想がそもそもないように見えることです。
資産は主に株式市場で運用し、会社は日本で立ち上げ、社員は中国からリモートで採用し、自分は東京・安曇野・宮古島を季節に合わせて移動しながら生きている。Xのアカウント名は「turingou」——コンピュータ科学の父チューリングと、自分の名前の郭(Guo)をかけています。
彼がXに書いた「日本移住ガイド」は、閲覧数100万を超えました。もともと自分の会社の新入社員向けに書いたもので、ビザの取り方から銀行口座の開設、物件の探し方まで実務的な情報が詰まっています。これを読んだ中国の若いエンジニアたちが、次々と日本移住を現実の選択肢として考え始めているといいます。
彼は自分が「移住の先駆者」であることを、わりと意識的にやっているように見えます。
「潤」の話
「潤(Run)」という言葉があります。英語の「Run(逃げる)」と中国語の「潤(うるおう)」をかけた造語で、中国を脱出して海外移住することを指します。2022年の上海ロックダウン以降、この言葉が若い世代の間で広まりました。
郭宇さんはこのロックダウンを経て、「日本が移住の選択肢としてはじめてリアルに見えた」と語っています。「985大学(北京大学・清華大学などトップ39校)の卒業生たち、つまり頭の切れる人たちが、日本への移住をまったく躊躇しなくなった」とも。
これを読んで、何かが静かに変わり始めているんだと思いました。
中国の優秀なエンジニアが日本を選ぶ理由は複合的で、ビザが取りやすい・治安が良い・生活水準が高い・円安で生活コストが相対的に安い、といったことがあります。米中対立でアメリカという選択肢が狭まっていることも関係しています。でも郭宇さんを見ていると、そういう「条件」だけで動いているのではなく、もっとシンプルに「日本が好きだから」という感情が先にあるように感じます。
安曇野の「水鏡」が、世界に届く
最後に、もうひとつ。
郭宇さんはXで100万人以上にリーチする発信力を持っています。その人が安曇野の田んぼを「水鏡」と呼んで美しいと書いた。長野の地元の人にとっては「ただの田んぼ」が、世界に向けて発信されるわけです。
地方に暮らしていると、過疎や空き家や人口減少の話ばかりで、どんよりすることがあります。でも郭宇さんのような人が「あの村が好きだ」と書いたとき、どこかで誰かの「行ってみたい」「住んでみたい」が生まれている。
私は地方の可能性をそういうところに感じています。大きな政策より先に、一人の「この場所が好き」という感情が動いている。
郭宇さんはその最前線にいる人の一人なのは確かでしょう。
郭宇さんはXで @turingou として活動しています。中国語での発信が中心ですが、日本の風景や暮らしについての投稿も多く、眺めているだけで楽しいアカウントです。
